デザイナーの呪い


デザインというものは、対象となるものを理解して、初めて意味があるものを作れるのだと思う。
そこには落とし穴も合って、知りすぎれば知りすぎるほどダメになる場合もある。
例えば、初心者がそのデザインを見て、使い方が即理解できるかどうかは判断できない。
失った初心は帰ってこない。
デザイナーはデザインしている間に、対象を習熟してしまう。
だから大抵「初心者でも使えるようにデザインしました」というデザインは、本質を見逃してしまっているものが多い。
初心者は操作方法という手順が分からないのに、手順が分かることを前提にデザインされてしまうから。
無意識下での操作を知覚できない人間という生物の限界であるかもしれない。
もしくは「結局自分が作るんだから、創るのに面倒くさくないものをデザインする」という合理化。
そして、デザイナー自身の他人への固定概念。
想定していない事態に大抵面食らうことも多い。
 
ある授業の日、先生は途方にくれた声で、僕らに課題を投げかけた。
「これ、とても使いにくいんだ。わたしが望む形のボールペンをデザインしてほしい」
報酬は●●円(自主規制)。
僕らは色めきたって、必死な感じで既存のボールペンをあらゆる方向から眺め、新しく使いやすくなるボールペンの設計をはじめた。
使いやすく書きやすいボールペン。
だがしかし、コストを抑えた量産できるボールペンではなく、ターゲットのはっきりした、先生という個人のためのスペシャルアイテムだ。それだけにデザインしやすい。
使いやすいボールペン。
書きやすいボールペン。
人体測定学の分野から、先生の指に合うグリップ位置のデータを出す。
太い指でも持ちやすいように、軸を細く。細くても強度を確保するための材質選び。
平均的なワイシャツの胸ポケットに入る長さを計算。クリップの部分はシャツの色に合わせることができるように、取り外しができるキャップと一緒になっていて、複数のカラーバリエーションがある。
何処かに落としてしまわないように、クリップは物理学の観点からヘアピンのカーブ構造を採用。
インクに関しての知識は無いが、なんとなく他人とは違う意味でお洒落に見えるブルーブラックのインクを採用。
軸の部分には、1cm毎に幾何学的なラインがデザインされてあり、この間隔を利用して長さを測る定規にもなるというアイデアを盛り込む。
満足のいける先進的な形状も完成し、僕は自信満々、コンセプトシートを先生に見せに行った。
先生は大喜びで図を見ながら僕の説明を聞き入った。
そして、自分の腕時計を外し僕に渡し、引出しから一枚の取り扱い説明書を出して僕に見せた。
「このボールペンを使って時刻を合わせるんだ。説明書に『ボールペンの先で押せ』と書いてあるから」
先生は、問題のボールペンのペン先を腕時計に空いた小さなホールに差し入れようとした。
その穴は時計を設定モードに移行するためのスイッチが奥に入っていて、簡単には押せないように、そういう仕組みになっていた。
ペン先は太すぎて、なかなか穴の奥のスイッチを押せないようだった。
「──で、どうやって使いやすくしたんだい? 話を聞かせてもらおうか」

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