昔、あるテレビ番組で、独学でラーメンの作り方を学んだ中年店主が、店の再起をかけて有名店に修行に行く、という内容のものがすごく印象に残っています。
中年店主は、若い店員に下積みでやる作業をやらされ、次第にイライラが募ります。
早く美味しいラーメンの作り方を知りたいだけなのに、全く料理させてもらえません。逆に独学でやってきたやり方が間違いであると注意され怒られます。しかも自分より年下の若造に。
そんな不満がやがて爆発し、ある日逆ギレしてしまいます。
結局それ以降、泣いて謝っても土下座をしても修行をさせてもらえなくなるのですが、その理由は単純に言うこと聞かなかったから駄目、なのではなく、
「包丁を扱う仕事だから、短気な性格の人と一緒に仕事できない(何かあったら殺傷事件に発展する可能性があるから)」ということでした。
料理人の弟子、修行は礼儀なんかにも厳しくキツイというのが有名で、認められた人にしか教えてもらえないので「なんだよケチくせぇな」とかそれまでは思っていたのですが、人格や適正のようなものも必要なんだな、とちょっと考えさせられました。
さて、一昔前までは「パソコンを使って仕事をしたらデザインじゃない」みたいな言われ方をしたこともあるのですが、世界は大きく変化し、道具としてのパソコンが無ければ仕事もままならないような時代にもなってきました。
僕がよく後輩に言ったのは「紙媒体(DTP)は活版印刷以前からの長い歴史があるから専門用語・方法のどれひとつとっても覚えることが多い。WEBは歴史が浅いから決まったルールややり方が無い。自分が創れ」という内容です。
それは、仕事に従事する人のスキルにも現れています。
DTPなんかはデザイン方法論にもセオリーがあり、先輩から伝授されない限り仕事を覚えることができません。というか、覚える必要のある分野が半端なく広いので結構大変な気が。
WEBは逆に新しい技術がどんどん出てくるから、アンテナをはって新しいこと覚えていかない限り、どんどん置いていかれます。
実際、WEBやってる人には、普通に仕事をしていくだけだったなら、現時点で自分が持っているスキルがどんどん時代遅れになっていく恐怖を身近に感じることがあるのではないでしょうか。
古いしきたりを守る必要はないけど、全てに新しいチャレンジが求められる現実。
コンピュータがラプラスの悪魔を捉えることはあり得ないとは思うのだけど、それならそれで現実を受け入れていくしかないし。
■ラプラスの悪魔 – Wikipedia
チャレンジっつても、僕は何に向かってるんだろ?
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