「てぃーだ」にも搭載され、後々地域ブログにもこれから追加されるであろう「タグ機能」について考えてみる。
「カテゴリー」と「タグ」、どう区別して使い分ける?
■カテゴリー
言語的には西洋的な世界観というか考え方で、明確な境界をもったグループ。属するものは 0 か 1 かで分類され、同等で均等な資格を持つ。
果物、野菜、というカテゴリーがあるとする。
「林檎」は「果物」なので、「果物」というカテゴリーに入る。
「スイカ」は・・・。
~は、~である。 ──という分類がカテゴリー。
これらは古典的カテゴリーと言われ、哲学ではアリストテレスの名がよくあがる。
そして、ヴィトゲンシュタイン(Wittgenstein)によって鋭利に批判された。
“game”という出来事に共通事項は無い。共通でなくてはならない、と設定しなくてはグループ化できない。また、一人遊びや幼児の「ごっご遊び」は内包されるのか? 【家族的類似】
■タグ
こちらはシステム的な考え方。
従来の検索方法では、テキスト以外の動画や写真画像の特徴を区別することができませんでした。(視覚的な像を判断するのは機械にはできないから)。そこで人間の手によってテキストの付随情報を付けてやり、それに対して分類・検索を行うという方法ができました。
カテゴリーが古典的であるとするなら、タグはプロトタイプ的カテゴリーでしょうか。
古典的のように絶対の境界線があるわけでなく、どれだけテーマ(中心)に「近い」「らしい」かで分類。テーマがタグ名。だからタグ名はファジーが通。【エレノア・ロッシュ:プロトタイプ理論】
ところで Flicer の経験上、
・カテゴリー → 自分で分類 ・タグ → 閲覧者が分類(追加)
だと思ってたら、違った。
でも、結局自分で分類したらカテゴリーもタグも同じにならね? それだったら他人が自由にオンラインブックマークのように分類(ベストアルバム的な発想)できたほうがいいと思うし、民主的な考え方だと思うんだけどなぁ・・・。
あと、タグクラウドがあるんだから、カテゴリクラウドはなんでないの?とか誰も不思議に思わないんかな?
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