人生をわかったつもりになる物語

1974年に行われたスーリンとドゥーリング(Sulin & Dooling)の実験があります。
Sulin, R. & Dooling, D. (1974). Intrusion of a thematic idea in retention of prose. Journal of Experimental Psychology

キャロル・ハリスは生まれた時から問題のある子だった。彼女は野蛮で,強情で,乱暴者だった。キャロルは8歳になっても,まだどうしようもなかった。彼女の両親は彼女の精神衛生をとても心配していた。その州では,彼女の治療のためのよい施設が見つけられなかった。彼女の両親はついにある処置をとる決心をした。彼らはキャロルの世話をしてくれる家庭教師を雇った。

この文章を読んだ後で、被験者は質問をされます。
彼女は耳が聞こえず,口もきけず,目が見えない」の一文が含まれていたか?
当然、存在しない文章なので、95% の人が「含まれていない」と答えます。
(残念ながら 5% の人が間違えました)
今度は同じ文章ですけど、主人公の名前だけを「ヘレン・ケラー」に変更します。

ヘレン・ケラーは生まれた時から問題のある子だった。彼女は野蛮で,強情で,乱暴者だった。ヘレンは8歳になっても,まだどうしようもなかった。彼女の両親は彼女の精神衛生をとても心配していた。その州では,彼女の治療のためのよい施設が見つけられなかった。彼女の両親はついにある処置をとる決心をした。彼らはヘレンの世話をしてくれる家庭教師を雇った。

そして先程と同じ質問をします。
すると「含まれていた」と間違って答えてしまう人が 50% にまで跳ね上がるのです。
これはヘレン・ケラーが「耳が聞こえず、口もきけず、目が見えない」人物像だと認知してしまっていることが起因となっています(ちなみに物語自体は本当にヘレン・ケラーのことです)。
思い込みと事前情報があるため、不正確な情報処理をしてしまうという悪い例ですね。
レストランで食事をする時のことを思い出してください。
店にでかける、空いているテーブルを探す、椅子に座る、ウェイターを呼ぶ、オーダーする・・・。
これらの一連の動作は認知心理学の分野では「スキーマ」と定義されるものです。
スキーマとは図や図式や計画のことを指す言葉。プログラム分野やいろんなところでも目にしますね。
これらスキーマがあることによって、人間は過去の経験を利用した予測対応しようとしています。
ちなみにこれが「高級レストランで食事する」とした場合はどうでしょう?
椅子に勝手に座っていい? ナイフとフォークはどう使う? どう置く? 次に来る料理は?
自分が下手をしないように、終始ビクビクすることになると思います。
それは今までの流れ・生活の延長に基づかないで情報を判断しなくてはならないからです。
(高級レストランと知らずに入って食べて、店を出てから気づけば、こんな思いをしないで済むのにね)
レストランで使われたスキーマは、レストラン・スキーマ。その他にもたくさんあります。
 買い物スキーマ。
 歯医者さんスキーマ。
 サッカー・スキーマ。
米国の研究者デビッド・ラメルハートは「スキーマは知識の固まり」と定義しました。
先ほどの買い物スキーマでいえば、買い物行動自体は誰でも同じ構造を持つ一般的なもの。
ただし「店」と「品物」は変数である。
そして埋め込み構造や包含関係によって、相互に乗り入れる関係にある。
そしてロジャ-・C.シャンクが定義したスキーマにおける「スクリプト」。
例えばレストラン・スキームにおいて、店に入ってからオーダーするまではコンピューターのプログラムのように台本(スクリプト)に従って実行が可能。
ただし「歯医者に行く」と「病院に行く」という類似したスキーマを混同するということがある不思議。
僕らは現実を演じることができて(パクることができて)、そしていつか間違える。
知ったふりをすることができて、ズルをすることができて、そして怒られる。
やることで他者の礎になるのか、やらないことで可能性を保つのか。
人生は台本に「成功する物語」が書かれ、それを演じるという舞台劇というわけですね。

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